心とは何でしょうか?


気持ちのことでしょうか、愛でしょうか、潜在意識?それとも、脳というコンピュータのただのプログラム?

このブログを読んでいる皆さんはどう思いますか?心の存在について。

 

私は、自論ではありますが心を波と考えます。

心は波

その周波数が現実を創ると知っています。

 

愛気道を通して、これまでの仕事(シャッターチャンスや腰痛の改善)を通して、これまでの人生の様々な事象を通して、心の存在があったと断言できます。

そして、その心は波である周波数として表現できます。

受ける周波数、送る周波数の合わさった波が現実です。

心も現実世界も同じです。

そして、心と現実世界は同じです。

 

今、どんな気持ちですか?

現実は何が起こっていますか?

その現実に影響された感情ですか?

それともまだ起こっていない現実にワクワクしている感情ですか?

 

心は時空を超えます。

未来のことも過去のことも今のことも

この場所やあの場所、いったことない場所だって

心でイメージすることができます。

 

心の世界と現実の世界、相反する別の世界ではありません。

別々に考えることはとても大事ですが、心はもっと大きなものとして捉える方がいいかもしれません。

相対性理論でいう次元の概念や量子論。

意識として捉え、個人の意識は大いなる意識の一部として考え、心は個人の所有物として扱うといいかもしれません。

いかに自分の身体といっても、体は細胞の集まりだし、細胞は原子の集まりだし、その原子は食べ物や呼吸などの代謝で常に入れ替わり、もともと地球の一部で宇宙の一部です。なので、体は自分のものではないかもしれません。物質として地球からお借りしているだけのものかもしれないのです。

そう考えると・・・自分の所有物は「心」だけかもしれません。

だから、「心」は大切にしなければならないのです。

しかし、心である意識は、量子論・シュレーディンガーの猫では認識して初めてそこに存在します。

認識する意識は、量子だとするとこれもまた物質です。量子・素粒子は物質の最小単位と考えられているわけですから。

 

ややこしい話が続きましたが、結局は自分の心が中心となってこの現実世界ができているのではないでしょうか。

そして、これが自分軸です。

みんながそれぞれ中心です。そこに世界が存在していると考えます。

それぞれの波が合わさった形が現実です。

 

心は波と考えます。

自分が必要な波を起こせばいいのです。

いい波に乗ればいいし、波が無ければ波を起こせばいいのです。